ウタチャンホムペ

質問に答えたり、絵を描いたりします。リンクフリーです。

自分の好きなものを否定されるのが苦痛だ/自分と違う価値観に過敏

うた子さん、こんばんは。いつも楽しく拝見しております。
こちらを自由に使って良いとお聞きしたので、悩みを吐き出させてください。
家族に悩みを相談すると、いつか慣れると言われたり、気にし過ぎだと言われます。
でも、いつまで経ってもどうにもならないので、聞いてくださいませんか?

私は自分の好きなものを否定されるのがとても嫌いです。
好きなキャラや好きな漫画はもちろん、好きなドラマ、テレビ番組、俳優、歌手など何でもそうです。
それらは、一般的に人気なものも不人気なものもありますし、PTAに眉を顰められるものもあります。
でも、どれも大好きで、大切です。
なので、それらの否定を見聞きしたくありません。
ファンだからこその苦言は許容できるのですが、特に興味の無い人が「○○って嫌い」「××って不謹慎じゃない?なんであれが面白いの?」と言ってると心の中で「あなたに何が分かるんだ!黙れ!!」と思ってしまいます。
インターネットの情報は極力制限していますが、それでも時々目にします。
心穏やかに過ごしたいですが、どうしたらよいでしょうか?
オタクなのでインターネットの情報を断つことも出来ず、苦しいです。

 

うた子さん、こんにちは。いつもブログを拝見して元気を頂いております。
以前ブログやご本でお答えになった「全ての悩みを無くすにはどうすれば良いか?」という悩みと重なるかもしれませんが、どうか私の悩みを聞いて頂けないでしょうか。

私は自分と違う価値観に敏感です。
色々と考え過ぎて疲れてしまいます。
違う価値観を自分の価値観に合わせろと主張するつもりはありませんし、様々な価値観があるのが自然なことだと思っています。
元々違う価値観に対して許容範囲が広いと思ってしましたが、最近はむしろ狭いのではないかと気が付き、ショックを受けました。
人は人、自分は自分と思っていますが、確固たる自分もありません。
中途半端です。
それを親に相談すると皆そういうものだと言われました。
納得しつつも、完全には腑に落ちていません。

例えば、Twitterを見ていると、同人作家さん達の日常など色々なものが見えます。
すると、服の好みや仕事に対する向き合い方、食の好み、オタク界隈の問題に対する意見などが多種多様であると分かります。
それを面白いと思えたり、特に気にも留めなかったりできれば良いのですが、時として異様に気になってしまいす。
私が良いと思っているものに苦言を呈されていると、悲しくなりグルグルと考えて続けてしまいます。
私にとってはあり得ないと思っているものを肯定されていると、面白くないと思ったり、素敵な作品を生み出してくださる方なのに、この人が描くものは今後避けようと思ってしまったりします。

時々オタクでない家族に言葉を濁して相談しますが、基本的には自分の中でグルグル考えているだけです。
疲れますし、疲れている時はよりこの傾向が強くなります。
今はネットがないとオタク充が限られると思いますが、ネット断ちした方が良いのかと迷っています。

年齢だけはいい大人なのに、こんな自分が嫌になります。
よろしければ、何か一言頂けますと幸いです。
よろしくお願い致します。

 

こんにちは。

自分と違う価値観の人を受け入れられないっていうのは、すごく苦しいことじゃないかなあと思います。

 

ですが、自分の好きなものを嫌いと言っている人への考え方は、すこしだけ変えられるんじゃないかな?と、質問の文章をみて思ったことがあるので書きます。

>「○○って嫌い」「××って不謹慎じゃない?なんであれが面白いの?」

この2つって、同じことを言われて、同じように「嫌だな」と思ってしまうかもしれませんが、実はまったく別のことを言っていると、私は思います。

「〇〇って嫌い」っていうのは、そのコンテンツ自体を嫌いと言っているだけで、そのファンである貴方は全く(あるいは、ほとんど)内包されておらず、貴方に向けて言われたことではないのです。ただ、その人は、そのコンテンツが嫌い。と言うことを言っただけなのです。

「なんであれが面白いの?」というのは、そのコンテンツを面白いと思っている人の感性への疑問なので、まあ…貴方を攻撃する意図があるのかもしれません。でも、リプで言われたのでないのならば、貴方に向かって言ったことではないのです。

同じように、自分の嫌いなものを、好きと言っている人は「私は〇〇が好き。だから、これを嫌いな貴方を嫌い」と言っているわけではないのです。

 

私が思うのは、自分って自分の人生の主人公なので、全てのものごとは自分に降りかかったことのように思い、この世の全ての言葉は自分に向けて言われているように思うんですけど、決してそうではなくて、世の中には行き場のない悪意や、疑問や、いろんなものが溢れていて、そしてそれは決して誰か1人のものではないんですね。

でも、やっぱり人間って自分が主役なので、何かを見てしまうと、「あっ、自分に向けて言われたのかな!?」って、おもっちゃう。

そんな風に、悪意や、答えようのない疑問をたくさんキャッチし続けると、疲れちゃうんじゃないかなあと思います。

でも同じように、世の中には行き場のない愛や、優しさも溢れていて、それは誰か1人に向けられたものではないかもしれないけれど、悪意や疑問と全く同じように、それをキャッチすることも可能ですね。

そんな風に、世の中に漂う行き場のない悪意や、解決しない疑問、愛や、優しさ。沢山の形のないもののなかから、どれをキャッチするか?それは、普段は自分が無意識に選んでいるんだと思います。

でも、意識して「これは自分はキャッチしたくない。これはキャッチしたい。」って選ぶ訓練をするようにして、無意識に好きなものを選ぶことが出来るようになれば…いつか自分の世界は(実際は、そうではないにしても)自分の好きな価値観で満ちていくかもしれませんね。